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ことばの花を咲かせる。(ココア共和国2025年5月号招待エッセイ)

十六歳のころ、気になる男の子がいた。二学期を待たずにテキサスに交換留学に行くという。あと一週間で夏休み、そんな頃合いに私は彼を好きになることにした。夏休みは一瞬で過ぎ、彼の渡米後、私たちはすぐに文通を始めた。彼はカメラが好きで、せっせと写真を送ってきた。〝今日はホストファミリーと屋根に上って修理をした〟そんな彼の新しい日常は英語で綴られていた。だから私も英語で返事をかいた。文具コーナーで、丸めたら花が造れそうなほど薄い半透明の紙を買い、それをふかふかになるまで重ねた。返信のエアメールはブラウンの罫線が刷られたルーズリーフで、折りたたんでもふわふわの花は造れなかった。そうして手紙は徐々に減り、私から出す頻度も同じように減っていった。翌年の夏休みに彼は戻ってきたけれど、日時は知らされなかった。

新学期、気まずそうに教室に現れた彼は「ひさしぶり」と英語で言った。授業中、ペンを床に落とせば「Oops」と漏らしてしまうほど言語が肌に合ったようだった。もともとお洒落で目立つ人だったが、アメリカ文化と若干の脂肪を纏って帰国した彼は、さらに際立つ存在になった。ほどなくして私たちは恋人に戻った。私は授業中もせっせと言葉を綴っては、隣の子の肘を突いて、彼の席までリレーを頼んだ。嬉しそうな横顔を見ればわかる。彼はたしかに私に恋をしていて、それは疑いようがなかった。彼からの返事は、留学中と同じように、やはり英語だったり、言葉少なかったりした。でもちょっと風変わりな私の似顔絵を描いたり、私の写真をたくさん撮った。ファインダー越しに、私はずっと見つめられた。たしかに愛されていた。

だからこそ、私は欲張ったのかもしれない。最も欲しかったのは言葉だったから、私は手紙の感想を催促した。そのとき、彼は顔を真っ赤にして、駄々っ子のように怒った。悔しそうだった。

「だって! あんた詩人だから、なに言ってるかわからない!」

彼にとって私が綴る言葉はあまりに詩的で、理解の範疇を超えている。同じようには返せないと泣かれた。それでも彼は私の言葉を宝物にしてくれていた。それがプリント裏の走り書きであったとしても。このとき、私の言葉が共通言語ではないことに、なんとなく気づいた。花が造れるほど薄紙を重ねた私の手紙に、テキサスにいた彼がなぜ返事を躊躇うようになったのか、今ならわかる。

〝あんたは詩人だ〟と言われたのはこのときだけ。私が心で花を咲かせるとき、私は詩人になるらしい。そうだね、私はもう一度〝詩人〟になりたい。

月刊ココア共和国2025年5月号招待エッセイ

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