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まぶたの裏の星空は、君にある無限。

こんばんは。体調ぜつあくなにじのです。寝返りうつと目眩が。お星さまキラキラ〜。

休もうと必死に心がけているのですが、どうもうまく休めません。結局頭の中でいろいろな思考がぐるぐる回り続け、どんどん膨れ上がっていくので、こうしてひとつずつ小さいことから処理していかないと、あふれてしまいそう……ということで、起き上がりました。

実は週頭から、次作品のためのリサーチをやっているのですが、全然進んでいません.°(ಗдಗ。)°.ブワッ。ごめんなさいっ!わたくしっ!ごめんなさいっ!ああ、本当にごめんなさい。週明けくらいまでにはなんとかするから!

さて、

”まぶたの裏の星空は、君にある無限。”

さっきから、頭の中で消えなくて仕方ないので、書きとめにきました。書き終わったら横になります。

実は次の記事のタイトルを、『レモンを手に入れたら、レモネードを作れ』にしようと思っていたんです。この言葉は、シアーズ・ローバック(シカゴの百貨店)の経営出資者だった、ジュリアス・ローゼンウォルドのものです。ここではレモンとは、いい意味で使われてはいなくて、すっぱいもの、どうしようもないものという比喩で使われています。

かの有名なD・カーネギーの『道は開ける』でも出てくるのですが、文庫版17章のタイトルにもなっています。

その中からちょっといくつか紹介しましょう。

刑務所の鉄格子の間から、二人の男が外を見た。
一人は泥を眺め、一人は星を眺めた。

多くは説明しません。次へ行きます。

『神々に背いた12人』の著者、ウィリアム・ボリソーはこう書いている。「人生で最も大切なことは利益を活用することではない。それなら馬鹿にだってできる。真に重要なことは損失から利益を生み出すことだ。このためには明晰な頭脳が必要となる。そして、ここが分別ある人と馬鹿者との分かれ目になる」。ボリソーがこう語ったのは、彼が列車事故で片足を失った後だった。

私はまた、両足を失いながらマイナスをプラスに変えた人間を知っている。ベン・フォーストンという男で、私は彼にジョージア州アトランタにあるホテルのエレベーターの中で出会った。エレベーターの隅の車椅子に、両足のない男がにこにこ顔で座っているのが目についた。目的の階につくと、彼は私に向かって、車椅子を動かしたいのでもう少し寄っていただけませんか、と明るい声で頼んだ。「どうもご迷惑をかけてすみません」彼はこう言って、心の底からあふれ出る笑顔を浮かべながら出て行った。

私は自室に戻ってからも、あの快活な身体障害者のことしか考えられなかった。そこで、彼の部屋を探し出して、身の上話をしてもらった。

「1929年のことでした」。彼は微笑みながら話した。「庭の豆に支柱を立てようとしてヒッコリーの木を切りに出かけました。切った木を車に積んで帰る途中で、その一本がふいに車の下に滑り落ちたため、ちょうど急なカーブを曲がろうとしていた私は、ハンドルが切れませんでした。車は土手の下に転落し、私は木にたたきつけられました。背骨をやられ、両足は麻痺してしまいました。24歳のときのことですが、それ以来一歩も歩いていません」

わずかに24歳にして一生を車椅子で送ることになるとは! 私はどうしてその事故を克服するほどの勇気を持ち合わせていたのかと聞いた。「いえ、そんなものは持ち合わせていなかったのです」と彼は言った。一時は逆上したり反抗したりして、自分の運命を呪ったという。しかし何年かするうちに、反抗したところで自分を苦しめるだけだと気がついた。「最後に世間の人たちの親切心と心づかいが理解できました。そこで私のほうでも、できるだけ親切と心づかいをわすれないようにしました」

長い年月がすぎた今でも、あの事故を恐ろしい災難であったと思うかという質問に対して、即座に「ノー」という答えが返ってきた。「今ではあの出来事を喜んでいるくらいです」。事故のショックと悲嘆から立ち直ると、彼は別の世界で生きることにした。優れた文学書を読み始めると、文学に対する愛情は深まり、十四年間に千四百冊を読破したという。

それらの書物は彼の視野を広め、夢想だにしなかったほど彼の生活を豊かにしてくれた。よい音楽にも親しむようになり、以前は退屈だと感じた交響楽にも心を躍らすようになった。けれども何より大きな変化は、考える時間ができたことだった。「生まれてはじめて私は世界を見つめ、物の価値を判断できるようになりました。以前私が手に入れようとしていたものの大部分は、取るに足りない無価値なものだったと気がつきました」

彼は読書の結果、政治に興味を覚え、社会問題を研究しながら車いすで遊説してまわった! 彼は多くの人々と知り合いになり、人々にも知られるようになった。そして相変わらず車椅子に座っているが、今はジョージア州の州務長官である!

D・カーネギー 『道は開ける』

きれいごとだと思うでしょうか。

まぶたをつむっていました。わたしは子供のころ、よく泣いていました。くやしくて、布団をかぶり、ただ暗闇のなかで、まぶたの裏に浮かんでくるもやもやとした万華鏡の文様のようなものを追いかけながら、泣きながら楽しんでいました。

きれいでした。壮大でした。イマジネーションとともに、その宇宙は、姿を自由自在に変えた。

さきほど、わたしのまぶたの裏では、とても静かな美しい星空が見えていました。風ひとつない、澄んだ、真っ青な星空です。それはそれは、きれいでした。

その美しさに耐え切れなくなり、こうして起き上がって記事を書いています。

まぶたの裏の星空は、君にある無限。

手に入れたレモンを捨てるか、そのレモンでレモネードをつくるか、はたまた別の何かを生み出すか、それは無限の可能性です。

美しい星空をどうか見ることができますように。

おやすみなさい。

nijino noran.

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